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基礎心理学 心理学とは何か 

心理学とは何か
 
心理学とは、心に関して科学的研究を目指す学問であり、生体、特に人間の行動傾向を把握するための理論である。


心理学は実生活上の人類の福祉に貢献することを目指すことを目的の一つとしている。そのため、心理学が扱う領域は非常に多岐にわたっており、臨床心理学や発達心理学、社会心理学、認知心理学、さらには産業心理学、交通心理学、恋愛心理学など、実に様々である。

心理学を名乗る分野が数多あるのは、テーマが「人間」であるための必然とさえ言える。
 
本ブログでは、臨床心理士指定大学院の合格を目指す人を主なる読者となることを想定して執筆していく予定である。
そのため、「基礎心理学」「発達心理学」「社会心理学」「生理心理学」「認知心理学」「教育心理学」「臨床心理学」「コミュニティ心理学」といった、どの大学院を受験する際にも出題される可能性が極めて高い領域をメインに扱っていく。

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カテゴリ: [心理学]基礎心理学

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心理学史 要素主義心理学とその前後 

要素主義心理学とその前後

「心理学の過去は長いが歴史は短い」と言われる。それはもともと哲学の領域で心に関しての議論が行われていたからである。
では、現在の「心理学」が如何にして成立していったのだろうか。その概観を以下に述べていく。


心理学の誕生は1879年ヴントライプツィヒ大学に心理学実験室を設立したことによると考えられている。
ヴントは物理学などの自然科学の方法論を心の研究を行う際に用いようと考えた。

ヴントが考えた方法論は内観法を用いるというものであった。内観法とは、よく訓練をした被験者に対し、自身の内省を言語報告させるというものである。
その報告から心理的要素は単純感情純粋感覚の2つに大別されることを見出した。
また、一定の刺激には一定の感覚が機械的に必ず生じるとした(恒常仮定)。
これらは調度、科学が水を水素と酸素の要素に分解するのと対応している。
それゆえヴントの心理学は要素主義心理学と呼ばれる。
 

要素主義心理学は心理学を哲学から独立させたという意義は大きい。
しかし、要素主義心理学は精神分析行動主義心理学ゲシュタル心理学の3領域からそれぞれ批判を受けることとなった。

 


精神分析

 精神分析とは、フロイトによって提唱された治療法・解釈法・理論体系である。フロイトは主に神経症の治療にあたり、神経症の原因を無意識に抑圧された性的な不安や葛藤にあると考えた。そのため、自由連想法により無意識を意識化し、自我を強化することを目指した。

行動主義心理学

 行動主義心理学とは、ワトソンによって提唱された心理学の一体系である。行動主義心理学では客観性を重視しており、行動を刺激と反応との連合によるものであると考える。そして、その連合法則を樹立することにより、行動の予測と統制を目指している。

ゲシュタルト心理学

 ゲシュタルト心理学とは、ヴェルトハイマーケーラーコフカらによって提唱された心理学の一体系である。ゲシュタルト心理学では意識は要素に還元できるものではなく、一つの「全体性」(ゲシュタルト)としてなるものだと考えた。ゲシュタルト心理学では知覚に関する研究に多大な貢献をし、トップダウン的な物の見方は認知心理学にも影響を与えた。


要素主義心理学に対し、精神分析は無意識を重視する観点から意識のみを扱う点を批判し、行動主義心理学は客観性を重視する観点から主観的な研究方法を批判した。
また、ゲシュタルト心理学は、全体性を重視する観点から要素に分解する方法論を批判した。
ゲシュタルト心理学の立場は以下の図を見るとわかりやすいかもしれない(図1)。

ゲシュタルト 

図1にあるように心を要素に分けて、それを再び統合したところで、もとの形に戻るとは必ずしも言えない。要素に分けてしまうと「心そのもの」の本質は分からなくなるのである。それゆえ心を要素に分けるのではなく、心をそのまま全体像として理解する必要がある、と考えたゲシュタルト心理学はヴントの要素主義心理学を批判したのである。

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心理学史 機能主義心理学とその前後 

機能主義心理学とその前後

要素主義心理学はティチナーにより構成主義心理学としてアメリカに伝えられた。
しかし、当時アメリカではジェームズらによる機能主義心理学が隆盛を極めており、意識の流れを重視する機能主義心理学のものでは、瞬間瞬間の意識を扱う構成主義心理学は受け入れられることはなかった。

なお、機能主義心理学は行動主義心理学の前身としても知られており、プラグマティズム哲学ダーウィンの進化論の影響を受けている。それゆえ、機能主義心理学では動物を研究に用いることもあり、行動主義心理学が動物を扱うのもその流れをくんでいるからである。

ダーウィンの進化論以降、進化の系譜上、人は動物の連続線上にあるとのことから、動物行動の研究がすすめられるようになった。
しかし、ロマニズが行っていたように動物を擬人化し、その能力を過大評価するなど、科学からは程遠い解釈がなされるようになってしまった。
そのため、モーガンは「いかなる場合でも、より低次の心的能力の行為の結果であると解釈できる場合は、その行動をより高次の心的能力の結果であると解釈してはならない」と科学的でない解釈の行き過ぎを戒めた。これをモーガンの公準という。


動物を扱う流れはアメリカのみならず、ヨーロッパへも広がり比較行動学として発展した。比較行動学ではティンバーゲン生得的解発機構や、ローレンツ刻印づけが有名である。
生得的解発機構

 生得的解発機構とは、ティンバーゲンにより提唱された動物の本能行動を説明する理論である。具体的には、ある刺激がある反応を引き起こす鍵となり、引き起こされた反応がさらなる反応の鍵となるといった、円環的な反応の連鎖で本能行動を説明する。

刻印づけ

 刻印づけとは、ローレンツにより提唱された概念である。具体的には、カモやアヒルといった離巣性の雛が、生誕後初めて見た自身より大きな動く対象に対して後追い行動をする現象である。ただし、刻印づけが成立するのは生誕後一定の期間内であり、その期間のことを臨界期と呼ぶ。なお、学習が効率よく進む時期はあるにはあるが、可塑性が強い学習もあると考えられるため、臨界期は敏感期と呼ばれることもある。例えば、語学学習は幼少期から始めた方が効率はよいが、成人してからでも学習することは可能である。


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感覚・知覚 閾値 

閾値

感覚・知覚とは我々が外界からの刺激を手がかりに何かを「感じる」過程である。
心理学では、外界からの情報を我々生体がいかに処理するのかを扱う。その情報は我々が持つ各感覚器によって処理されているため、心理学を学ぶ上で感覚器の生理学的基礎を押さえておく必要がある。

当然のことながら我々の持つ感覚器は、外界の情報のすべてを処理しているわけではない。各感覚器はその感覚器に適した刺激を選択的に処理している。例えば、目は「光」を、耳は「振動」を、といった具合にである。
このような刺激を適刺激という。
適刺激

 適刺激とは、感覚器が選択的に受容する刺激である。各感覚器はその感覚器に適した刺激を受信した時、正常に機能し、我々に外界の情報を知覚させる。例えば、視覚は380~780mmの範囲の電磁波(光)が、聴覚は20Hz~20KHzの範囲の空気圧の変化(振動)が、それぞれの感覚器の適刺激だとされている。

 とは言え、我々は「光」以外の刺激であっても不適切ながら明るさを知覚することができる。例えば、眼球を軽く圧迫してもまぶたの裏に光を知覚することができるのである。
このように適刺激以外で不適切なかたちながら感覚を生じさせる刺激を不適刺激という。

また、我々が知覚する際には一定レベル以上の刺激量が必要になってくる。そのような刺激量のことを閾値という。
感覚の生じやすさはこの閾値の概念を用いて「閾値が低い、閾値が高い」といった言われ方をする。閾値が低いとは感覚が生じやすいことを意味している。閾値をハードルのようなものだと考えるとわかりやすいかもしれない。ハードルは低ければ低いほど飛び越えやすい。同様に感覚が生じやすいということは、それだけ閾値が低かったということを意味する。
 
閾値に関しては覚えておくべきことが3つある。それは刺激閾絶対閾)・弁別閾刺激頂である。 
刺激閾
 
 刺激閾とは人が50%の確率で知覚することができる最小の刺激の強さである。我々は常に一定の状態でいるわけではないので、絶えず感覚器の敏感さは変化するため、50%の確率をもって刺激閾としている。

弁別閾

 弁別閾とは刺激感の差異を識別できる最小の値である。弁別閾を研究しいたウェーバーによれば、弁別閾の比は一定であると考えられている。例えば右手に100gの重りを置き、左手に105gの重りを置いた時初めて重さの差異を知覚したとすると、200gの重りとの差異を初めて知覚できるのは210gということになる。この法則をウェーバーの法則という。

ウェーバーの法則
 弁別閾は固定されたものではなく、基準となる刺激に比例するという法則。
フェヒナーの法則
 フェヒナーがウェーバーの法則を基に提唱した法則。感覚量は刺激量の対数に比例する、というもの。 E(感覚量)=KlogI(刺激量の対数)+cであらわされる。

刺激頂

 刺激頂とは、感覚を生じる最高レベルの刺激量の限界値である。刺激頂を超える刺激はもはや正常な感覚ではなく、痛みを感じさせる。もし、大きな音を聞いた時、明瞭なメロディではなく、耳の奥に痛みを感じたならば、その音は刺激頂を超えるほどの刺激である可能性がある。


フェヒナーは精神物理学の創始者でもある。
精神物理学とは身体と精神との関係に関する精密理論であり、物質世界と精神世界との関連の解明を目指す立場である。
精神物理学の中で用いられていた研究方法は現代でも閾値を測定する方法として調整法極限法恒常法などとして応用されている。

調整法
 被験者自身が比較刺激を変化させ標準刺激と主観的に等しく感じられるところまで調節させる方法。
極限法
 実験者が比較刺激を変化させていき、被験者に標準刺激と等しくなったと思われるところを判断させる方法。
恒常法
 あらかじめ刺激強度が変化するポイントを決めておく。そして、刺激強度をランダムに変化させ、各ポイントに対する被験者の反応の出現率を算出する。その際、最小2乗法が用いられ、被験者が50%の確率で反応する強度を探る。

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感覚・知覚 明るさ 

明るさ 

我々が持つ感覚器の中でも特に重要なのが「視覚」である。
なぜなら、我々人間は知覚する情報の約80%を視覚からの情報に頼っているからである。そのような性質を視覚優位という。

視覚は網膜上に存在する錐体桿体と呼ばれる視細胞の働きに主によっている(視覚の二重作用説)。
錐体は色を識別する機能を担うため主として明所時に機能する。
一方、桿体は微弱な光を受容する機能を担うため主として暗所時に機能する。
また、錐体は網膜の中心部(中心窩)付近に多く分布し、杆体はその外部に分布している。
このような違いがあるため、夜空の星を真正面から目視しても光を感じられない星でも、少し視点をずらすと見えたりもする。

また、プルキンエ現象が生じるのもこの錐体と杆体の差異に由来する。
錐体と桿体はそれぞれ光に対する感度が異なる。そのため、明るい所では波長の長い色、例えば赤色などが鮮やかに見え、薄暗い所では波長の短い色、例えば青色などが鮮やかに見えるのである。
駐停車禁止の道路標識が赤色と青色を使っているのはこういった理由がある。

プルキンエ現象が見られることからも明らかなように、我々は光が少ない所でも外界を知覚することができる。
それは、我々が外界に対して順応するからに他ならない。つまり、はじめは何も見えなかったとしても、次第にその環境に慣れることにより外界を知覚することができるようになるのである。
視覚における順応には暗順応明順応がある。
暗順応

 暗順応とは、明るい所から暗い所へ移動した時に、時間が経つにつれて周囲の状況が分かるようになる現象である。これは明所時に機能していた錐体から桿体へ機能が移行することによってなる。暗順応の過程は比較的緩慢で、30分程度かかる。暗順応は環境の刺激に対して敏感になる正の順応の一種である。

明順応

 明順応とは、暗い所から明るい所へ移動した時、瞬間的にはまぶしいが、すぐに周囲の状況が分かるようになる現象である。これは暗所時に機能していた桿体から錐体へ機能が移行することによってなる。明順応の過程は急激で、感受性が恒常的になるのに要する時間は数分程度である。明順応は環境に対して慣れる負の順応の一種である。

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感覚・知覚 色 



我々は、様々な色を知覚することができる。
それは錐体の働きによるものだが、色の知覚に関する理論として古典的なものが二つある。

一つがヤング・ヘルムホルツの三色説である。
もう一つは先の理論では残像が説明できない、色覚異常が説明できないなどといった理由を基にその反証として提出されたへリング反対色説である。
ヤング・ヘルムホルツの三色説

 ヤング・ヘルムホルツの三色説とは、三原色(赤・緑・青)に反応する3種の受容器を仮定し、その受容器の興奮の組み合わせによって様々な色を知覚するという説である。ヤングが提唱し、ヘルムホルツが修正したので両者の名前をとってヤング・ヘルムホルツの三色説と呼ばれる。

へリングの反対色説

 へリングの反対色説とは、へリングによって提唱された視覚に関する古典的理論である。へリングは網膜上に「黒‐白ユニット」「緑‐赤ユニット」「青-黄ユニット」を仮定し、それらの同化・異化の組み合わせで色を知覚しているとした。例えば、黄緑は緑‐赤ユニットが同化し、青-黄ユニットが異化することによって知覚できると考えた。


現在では、網膜上でヤング・ヘルムホルツの3色説的処理が、視神経上でへリングの反対色説的処理がなされていると考えられており、このような考えを段階説と呼ぶ。


色に関しては、残像に関しても覚えておきたい。

残像とは、強い光刺激をしばらく見た後に、その光刺激がなくとも網膜部分に効果が残っているために、色の像が見えることである。
残像には、光刺激と同じ色の像が見える陽性残像と、光刺激と補色関係にある色の像が見える陰性残像がある。

医師が手術中、薄緑の手術着をきているのはこの残像によって説明できる。
手術を行うと大量の血が流れるが、その「赤い」血を凝視した後に、「白い」服をみてしまうと、
その服に赤の補色である「緑」の残像が見えてしまう。
残像が見えると、注意が散漫し、手元が狂ってしまいかねない。
そのため、薄緑の手術着を着ることによって、その残像の効果を相殺しているのである。



ぜひ残像を以下のサイトで体験してほしい。
中央の点を30秒程凝視してから、マウスを画像の上に持っていくと体験できる。
http://www.olympus.co.jp/jp/event/wakuwaku/lesson/sample01.cfm

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感覚・知覚 形 

 

以下の図1を見てもらいたい。 
群化Ⅰ
おそらく多くの人が正方形と台形の二つの形を知覚したと思う。
しかし、この図形は以下の図形として見てもよいはずである(図2)。
群化Ⅱ
だが、おそらくこのように見る人は少ない。
このように、我々は普段何気なく物の形を知覚しているが、その際にも様々な心的過程を踏んでいるのである。

特に、我々はものの形を「まとまり」として知覚しており、その働きのことを群化と言う。
群化にはいくつかの要因が考えられている。
接近の要因
 近くにあるものはまとまって知覚されやすい(図3)。
閉合の要因
 閉じた図形はぞれぞれ独立の図形として知覚されやすい(図4)。
良い連続の要因
 なめらかな線はつながって知覚されやすい(図5)。
類同の要因
 同じ形の物はまとまって知覚されやすい(図6)。

近接性の要因 
    図3 近接性の要因
黒い正方形が縦方向に三列並んでいるように感じる。

閉合の要因 
    図4 閉合の要因
] [ の連続ではなく、[ ] の連続に見える。

良い連続の要因 
   図5 良い連続の要因 
一本の直線と一本の曲線と見える。

類同の要因 
   図6 類同の要因
黒い正方形と丸が縦方向にそれぞれ二列並んでいるように感じる。

※図3~6 http://www.rigakukan.com/geoboard/ld.htmlから引用


これら群化の要因の中で、最も簡潔でまとまりをもった形を知覚することをゲシュタルト心理学者はプレグナンツの法則と呼んだ。


群化の要因と同様、我々は、まとまりをもった部分と、それ以外の部分に分けて対象を知覚している。
この時、まとまりをもって際立って見える部分を、それ以外の背景となって見える部分をという。

この図と地は必ずしも固定的な関係ではなく、両者が反転して見えることがある。
図地が反転して見える好例は、ルビンの杯である(図7)。
ルビン
黒い部分を図とみた場合、向かい合う人が知覚される。一方、白い部分を図とみた場合、杯が知覚される。

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感覚・知覚 錯覚 

錯覚

我々が対象を知覚する時、必ずしも外界の物理的刺激を正確に知覚しているとは限らない。
我々の知覚過程には、錯覚という知覚体験と与えられた物理的刺激が大きく食い違う現象も見られる。
錯覚を示す例は様々提唱されているが、その好例はミュラー・リアーの錯視図(図1)とカニッツアの主観的輪郭図(図2)である。
錯視

図1は、矢羽の向きが異なることで、実際は同じ長さである直線の長さが異なって見える。
図2は、実際には線が引かれていないにもかかわらず、パックマン型の図形によって構成された空間に、正三角形が知覚される。また、その部分は他の部分に比べて明るく、手前にあるように知覚される。

錯覚

 錯覚とは、知覚経験が、与えられた物理的刺激と大きく食い違う現象である。錯覚の中で最もよく研究されているのが錯視であり、代表的な例は、ミュラー・リアーの錯視図とカニッツアの主観的輪郭図形である。前者は矢羽の向きによって直線の長さが異なって見える。後者は実際には存在しないはずの図形が知覚される。錯覚は知覚のメカニズムとしては正常であり、錯覚を回避することは出来ない。我々が知覚する心理的世界と物理的世界が必ずしも等しくないことを示す好例である。

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感覚・知覚 恒常性 

恒常性

日常的な場面において、受容器に与えられた刺激が変化しても、知覚的体験は比較的一定に保たれることがある。このことを恒常性という。
恒常性には、大きさの恒常性、形の恒常性、色の恒常性などがある。

大きさの恒常性
 例:鉛筆を1m先から見ても2m先から見ても網膜像は大きく変化しているはずにもかかわらず、鉛筆の大きさはほぼ変わらず知覚される。

形の恒常性
 例:長方形のパネルを下から上に覗き込んでも、ひし形ではなく長方形に見える。

色の恒常性
 例:雪を夜中に見ても、灰色には見えず、白色のまま見える。

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感覚・知覚 運動 

運動

物の動きを知覚する際にも、心的過程が想定される。
中でも物理的な運動がないにも関わらず、そこに運動を知覚する現象を仮現運動という。仮現運動にはいくつかの種類がある。以下に代表的なものを挙げる。
β運動
一定間隔離れた光点が、交互に点滅するとその光点間に運動を知覚する現象。踏切や電光掲示板、アニメなどはこのβ運動の現象を応用した物の代表的なものである。β運動の中で実際の運動と遜色ないほどなめらかな運動が知覚された時、特にその現象をφ現象という。なお、狭義の仮現運動はこのβ運動のことを指す。

誘導運動
囲む物と囲まれる物があった際、実際には囲む物の方に物理的運動があったとしても、囲まれた物の方に運動が知覚される現象。例えば、月が雲に覆われている際、実際には雲が動いたにも関わらず、月が動いたように見えるといった現象は誘導運動の一つとして説明可能である。

自動運動
暗闇で光点を凝視していると、光点が動いたように知覚する現象。

運動残効
一定方向へ動く対象をしばらく見た後、静止している対象を見ると先に見た動く対象が動いていた方向と逆の方向に静止している対象が動いているように知覚する現象。
以下のサイトから体験できる。
http://www.youtube.com/watch?v=vzSRVgF501M
30秒くらい動画を見てから部屋にあるものを見てみよう。

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